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企業コンセプト
ブラッドナインは、企業には新しい可能性があると考えています。それは、「社会に対して、直接的で実効性のある活動を行う」というものです。
企業コンセプト
商品・サービスの提供を通じて貢献する
企業が企業として存在する以上、お客様に対して誠実に価値を提供しなければなりません。いくら時代や技術が進歩しても、ビジネスは人と人との行為であり、お客様は誠実さを持つ相手と取引を行いたいと思い、我々はそれに応えなければいけません。それは、最終財としての製品、ソフトウェア、システム開発、知的サービスを提供していたとしても、信頼を構築することの方がよほど困難で、さらに重要であることをも意味します。
直接的で実効性のある活動を
また、企業は「社会に対する直接的な活動」をシステム(仕組み)として持つべきだと考えます。ここで重要なことは、理想や理念だけでは意味はないということです。多くの人が、John LennonのImagineのように「想像しているだけ」では、死にかけている子供はそのまま死んでしまうでしょう。新しい世代の企業は、資本を持ち、利益を上げれば、自らの判断に基づいて寄付や援助、新しい労働市場の提供、技術の開発など「実効性を前提として」行う必要があると考えます。企業の新しい可能性は、そこに所属する人間の豊かさを否定せず、明確な対象に対して実効性を持つ活動をも同時に行う。それができるのは、個人ではなく企業体であるからなのです。このシステムは、徴税システムによる重要ながら間接的な社会貢献ではなく、企業そのもののが成長し、その活動がまた具体的に社会へ役立つ、持続可能な循環を生み出すものであり、資本主義の原則に立ち返るものであると思います。無機質にその資本を増やすことのみを求める「誤解された資本主義」への決別をし、その精神に目を向ける時代であるとも言えるでしょう。
企業デザイン
新しい企業のかたちをデザインする
Japan expects every man to do his duty新しい企業のかたちをデザインする
『しかし彼らはただ自由なのではありません。自分の自由を愛するとともに他の自由を尊敬するように、小供の時分から社会的教育をちゃんと受けているのです。だから彼らの自由の背後にはきっと義務という観念が伴っています。 England expects every man to do his duty といった有名なネルソンの言葉はけっして当座限りの意味のものではないのです。彼らの自由と表裏して発達して来た深い根柢をもった思想に違ないのです。』これは、夏目漱石が100年も前にイギリスでの経験を語った言葉です。
世界第2位の経済大国になった日本。非常に高い品質とサービス、技術力など日本企業の実力は世界に誇るものとなり、人々の生活は圧倒的な豊さと多様な価値観をもたらしました。世界的に見ればわずか数%の人間だけが享受できるこの豊かさの中で、さらに物質的に満たされる事を求め続けるというのはバランスを欠いた欲求のようにも思えます。
しかし、その一方で経済発展は資本主義国の宿命でもあります。経済という無機質な言葉の裏には、我々の生活を支える仕組みがあることを忘れてはいけません。経済の発展によって治安、政治、医療技術の進歩などが可能になり、より安全に暮らせたり、より多くの命が救われるようになるためです。
この二点を考えるだけでも、新しい時代の企業人には経済活動だけでなく社会的責務といった、従来よりも多くの使命が課されているのではないかと思います。
新しい企業に求められるもの
その企業に所属する人が社会的問題の解決だけを目的とするのならば、非営利のような形態もありえるでしょう。しかし多くの場合、人間には希望や充足も必要です。そこで改めて考えてみると、非営利団体とは、利益を株主に分配しない代わりに課税もされないという性質をもちます(但し、本来事業に限って)。一方の通常の企業は、利益に課税された上で株主に配当として分配します。この通常の企業で社会的責務を果たすという財務的意味は、企業、株主のいずれかが追加的負担を強いられるということになります。
何の制限や規制も義務もない中で負担するかしないかを選択する時、積極的に負担を選ぶために必要な唯一の要素は、企業利害に関わる人間の「品格」ではないかと思います。なぜなら、飢えに苦しむ人々を救ったり、貧しい地域に住む子供に教育援助など社会的責務を企業が積極的に果たそうとした場合、株主価値を損なう可能性があるためです。他の制度よりも圧倒的に優れている資本主義ですが、一つの欠点はこのあたりに潜みます。つまり、持てるものが持たざるものを支援する立場になるか、高級車を10台買い揃えるような利己主義に陥るか、は完全に自由な選択であるわけです。
これからの企業は企業活動の本来目的として社会的責務を具体的に組み込むことで、企業活動に携わる意義が広がる仕組みが必要であり、その利害関係者の品格が問われる。これが次世代の企業に相応しいかたちではないでしょうか。
新しい企業のかたちを再構築していくことが我々の責務であると考えます。


